子どもに、おもちゃのお片付けをどう教えるか

子どもはおもちゃを毎日散らかしたい放題散らかします。
上の子は、片付けと言うと、ちゃんと片付け始めます。

ちゃんと片付ける場所を分かっていて、大体決まったところに片付けることができます。

けれど、下の子はまだまだお片付けができません。
いつも上の子にやってもらうだけで、下の子は片付けるどころか、おもちゃを出して遊んでしまいます。
そうすると、上の子が泣きます。

そんな感じのことがずっと続いていて、なんとか下の子にもお片付けをしてもらいたいなと思っていますが、まだ出来ていません。
時々、気が向いたときにブロックを自ら進んで片付けたりはするのですが、散らかり放題散らかったおもちゃは片付けられません。
ブロックなどを片付けてくれた時には、思いっきり褒めます。
そうすると子どもも喜んでいますが、片付けてと言うとダメなんです。

もう少し私が子どもをうまく操れればいいなと思いますが、自発的に片付けてくれるようになんとか促したいです。

オリンピックのあとで消費を復活させたいです

金曜日の妻たちの街は、今どうなったのか。金曜日の妻は今でも優雅なのか。見てみたいですね。ふぞろいのりん後のその後は何度かありましたが、初老の林檎たちはどうなったでしょう。老人ホームで楽しくできるかもしれません。老人ホームでも、東京の大学出身の老人ホームとか、京都の老人ホームとか、親しみがわくようなところを作ると、高額で入りたい人の予約があるかもしれません。思い出など語って、恋愛なども始まったりして。
今の老人は、消費の形が決まっていて、面白くありません。ただ、旅行だけなのです。私たちならば、もっと、お買い物をすることでしょう。消費を復活できるのです。タクシーだって、使う世代です。デパートも復活できるでしょう。
銀座も渋谷も工事中ですがか。新しく生まれ変わったオリンピックが過ぎたあと、混雑が収まったら出かけます。バブルのお友達と一緒にです。復活を遂げたいです。東京に住んでいなくても、東京痛になるつもりです。キレイモ 顔

「自由であって自由じゃない」これからの私の人生

私は、役者になりたかった。
私にとっての役者は自由に演技をすることだと思った
だけど違かった、観客から観る舞台はとても自由に見えるが、舞台の上ではまるで、檻の様だ。
操り人形みたく上からの指示でどうこう言われて自分にあった演技ができないのである、これは・・・何故か?
上の人に聞いてみた、そしたらこう返ってきた
「演技は自由であって自由じゃない」
この言葉は私を苦しめた、なぜ矛盾するのか。
今の自分はどんな舞台を見ても、悲しくなることはなく、楽しくなることもなく、感情が薄れた気がした。
助けてほしい答えがほしいっと思ったら、
「分かった、苦しいなら辞めればいい」
自分の答えが呆気なく感じたが、自分に悔いはないことも感じてしまった、
その理由は自分は本当に自由になりたかったから辞めたとも言えるが、自分の夢を諦める事も必要な事に気付いてしまったのだ、
「自由であって自由じゃない」の本当の答えは
「答えがあって答えじゃない」それに尽きる。ミュゼ料金